第14章外伝

シスカの決断


2ヶ月前の戦いで南が負った傷は、相当な痛手だった。
グッディムの戦死。それに伴う自由軍の半壊滅。ゲーバーク、ラスティ両軍師の死亡。
だが、それらを受けてもシスカはまだどこか余裕のある感じがしていた。
そんな中、一通の書状がゼロから届いたのだった。

『最後の決戦に向けて勇者を選抜し、指定された日に西に来るように伝えてくれ』

要約するとこういう手紙であった。
その考えはシスカも考えていた。だが口に出さなかったのは自分の国の精鋭という精鋭の数が不足していると知っているからだった。
―――確かに総合的な戦力じゃ南が上なんだけど……切り札になりうるものがないからなぁ……。フィールディアとシックスが妥当かな。頼みの魔法騎士団は、騎士団として、集団としての最強だからね。個人個人じゃ使い物にならないもんな……。
シスカは自室のベッドに寝転がりつぶやいた。
「ま、なんとかなるでしょ」
気楽なのか、策謀家なのか、いまいちとらえどころのない少年である。



翌朝、いつものように起きたシスカはパジャマ姿のまま城内を右往左往していた。珍しく、どこか忙しそうだ。
「なにしてるんだい?」
すっかりここに居座っている、寝起きのフィールディアがシスカに声をかけた。とても国王とその臣下の一人とは思えない。
「ん?あぁ、ちょっとね、準備が必要なのさ。……っと、そうだ、フィールディア、5日後、西のゼロのとこに行ってね。最終決戦に向けての打ち合わせだってさ。シックスもつけるから、忘れないように」
「あ、あぁ」
寝起きだからか、フィールディアはなんの疑いもなしにシスカの言葉を受け入れた。
そして気付いたらシスカはまた走ってどこかへ行った。

「さてさて、これくらいあれば、なんとかなるかな?」
細かい金属や、大量の水、武器や鎧、土など、共通点のない物品がシスカ専用の庭に乱雑に散らかっていた。
「久しぶりだから、失敗したらどうしよう」
独り言のように呟き、ニヤッと笑う。
そして眼を瞑り、何か呟き始める。
数十秒の時が流れ、シスカの突き出した手から青い光が発せられた。
そして、彼の前にあった物品の数々が消え去り、3メートルはあろう巨大な甲冑騎士が現れる。
「やぁ、久しぶりだね。ハンゼル」
シスカは黒い笑みを浮かべ、その巨人に声をかけた。
「!!!!!!!!!!!」
その巨人は、耳では聞き取れないが、とてつもない嫌な音を発した。ふつうならば、苦悶の表情を浮かべ、最悪鼓膜が破れるであろう。
だが、シスカはその音の影響をなんら感じさせなかった。
「シスカ殿……?私ハ、イッタイ……?」
ひどく聞き取りにくい声が聞こえた。
「僕の錬金術で、君を再び生成した。もう一度、君には戦ってもらうよ、呪われし騎士よ」
ハンゼル、“呪われし騎士”。そう呼ばれた巨人はその言葉を聞くと、シスカに一礼し、彼の後に着いていった。
―――切り札を作る、か。自分の才能が怖い……なんてね。
黒い笑顔を浮かべ、シスカは内心哄笑していた。




そして、予定通り二人は西へ向かい、シスカも大規模な野外戦への準備を整えた。
あとは、決戦を残すのみ。
彼の歯車は、依然として狂っていない。





ローファサニの決断


北にも、南同様ゼロからの手紙が届いた。
だが、彼の手紙の中にはセティを貸してほしい、という言葉しかなかった。
北の今の状態を考えると、満足に戦闘などできないだろうとゼロなりに心遣いをしたのだろう。ローファサニはその心に深く感謝した。

そして、セティが西へ向かう前夜、彼を自室に呼び出した。

「いよいよ、決戦の日は近いな」
ローファサニがそう切り出した。
お互い忙しく、まともに会えなかったのだ。久々の対面だったが、セティは懐かしさを感じていなかった。
「そう……ですね」
固い表情、固い声。ローファサニの異変に薄々感づいているようだ。
「どうだ……?勝てそうか?」
心ここにあらずな彼の質問に、セティは苦笑して答えた。
「西の彼次第ですよ。それに、勝てるか勝てないかとかじゃなく、勝つんですから、そんなことを聞くのは野暮ってものですよ」
「そ、そうだな……」
どうにも二人の調子が合わない。
流石のセティも首を傾げるしかなかった。
「陛下こそ、私たちが戦っている間、ちゃんと北を守ってくださいよ?」
「あぁ……。……なぁ、セティ?」
ローファサニが何かを決めたようだ。
打って変わって、芯の通った声になった。
「はい、なんでしょう?」
セティもその声を聞いて少し安心したようだ。
「俺が一度全てに絶望したとき、お前は俺を殴ってくれたな。過ちに気付かせてくれたな。今思うと、あのときの自分が恥ずかしい。そのときのこと、本当に礼を言うよ」
ローファサニの改まった告白に、セティは困惑した。
「い、いえ、本来ならば陛下に手を上げるなど、滅相もないことを致しました」
そこでローファサニは大笑いを始めた。
「俺とお前の仲だ。そんな堅苦しい言葉はいらない」
「……そうだな」
お互い、童心に帰ったように笑いあった。
ひとしきり笑い終わったあと、ローファサニが切り出した。
「今こうして俺がお前と言葉を交わしているのも、あの時グレイが助けてくれたからなんだよな……。ホント、アイツには感謝しても感謝し切れない……」
空を仰ぐように、天井を見上げたローファサニの声に暗さはなかったが、セティは彼の哀しみを感じた。
「俺に力があればよかったんだが……生憎力量及ばずだった……。情けない話だよ」
「そんなことはない。何も戦闘能力だけが全てじゃあない。セティ、お前には魔法という技と知識という切り札がある。それに、何より俺を、北を支えてきてくれていたことは大きな不変の実績だよ」
ローファサニの言葉にセティは感銘を受けた。
彼は知っている。すっかり勢いのなくなった北を見捨てずに引っ張ってきてくれたセティの存在を。彼の存在があったからこそ、今の北があると言っても過言ではないのだ。
「俺は、この戦いが終わったら、必ず東西南北の王になる。だから、その時もお前の手を貸してほしい。いいな?」
思い切った決断をする、とセティは内心軽く笑った。
「もちろん。死ぬ気など毛頭ないさ。これからも、ずっとお前の片腕としてあり続けるよ」
そう言い、二人は高らかに笑いあった。






ムーン

もうすでに、全ての準備は終わった。
幾多の精鋭たちが、ゼロたちとの最後の戦いを待ちわびている。
単純計算では、西南北よりも遥かに多い兵数。
「さぁ、私を楽しませてちょうだい♪」
彼女は満月まで残り数日という、青い空の月を見上げ、一人笑い続けた。









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